『 白鳥 』
***** 1月24日 フランソワーズ嬢のお誕生日に因みまして
こってこてのバレエ話 をどうぞ☆ ******
ここは 首都圏にある中堅どころのバレエ・カンパニー。
「 おはよう〜〜 」
「 おはようございます 〜〜〜 」
「 うう〜〜 アタマセット 忘れてきたあ〜〜 誰か ピン ゴムかしてぇ〜 」
バタン バタン ―
更衣室のドアが開くたびに 大きなバッグを肩からかけたり 背負ったりした
ダンサーたちが入ってくる。
ほとんどの女性が ぼ〜〜っとした顔、ノーメイクに近い。
「 おはよ〜 ございますぅ〜〜 」
「 あ フランソワーズさん だっけ? おはよ〜〜 急いだ方がいいよう 」
「 は はい ・・・
」
「 おはよです あ もうこんな時間〜〜〜 」
「 先 行ってるよぉ〜 」
「 トイレ行く! 」
「 混んでるかもよ〜 」
さっさと着替え 皆あっという間にいなくなった。
「 ・・・ あ〜〜ん ブラシ、どこに入れたっけ・・・・ 」
更衣室に最後に残ってしまった金髪女性は 髪をおさえつつあたふたと
仲間たちの後を追った。
ひえ〜〜〜 急がなくちゃ〜〜〜 きゃい〜〜ん
― でも また踊れるの。 ねえ わたし また踊れるのよ♪
フランソワーズは 軽快な足取りでスタジオに入っていった。
悪夢なんてもんじゃない日々から やっと ― 本当にやっと抜け出せたとき。
ずっとず〜〜っと 心の奥の奥に閉じ込めていた < 想い > が
吹き上げてきた。
わたし ― もう一度 踊りたいの ・・・!
都心から少し離れた海辺に住まうことになったが 彼女は再び自分自身の夢を
追うことを開始した。
そして。
「 フラン。 それじゃ がんばって! 」
「 ウン ・・・ ありがと、ジョー。 」
ある朝 ― ギルモア邸の玄関で ジョーとフランソワーズは真剣な表情で挨拶を交わした。
よく晴れた冬の日、温暖なこの地域でもぴりりと冷気が頬をさす。
しかし ちょっと頬を染めた彼女は そんな寒さなどまったく感じていないのかもしれない。
「 フランソワーズ? 行くぞ。 15分のバスに乗ったほうがいい。 」
玄関の外では 博士がしっかりコートを着こみ待っている。
「 はい ただいま ・・・ 」
「 いってらっしゃい。 」
ジョーがぎこちなく手を振り ちょっと微笑んだ。
こ こういう時って ― キ キス とか した方がいいの かな・・・
・・・ え〜〜い! あとは勇気だけだっ
彼は 思い切って彼女に近づいた。
「 あ あの! 」
「 ?? なあに 」
「 ― ご 合格への お まじ ない!
」
ちゅ。 彼は 彼女のほっぺにキスを落とした。
「 ま あ 」
「 ぁ ごめん その ・・・ あの〜〜 」
「 うふ♪ ありがと。 ジョー。 がんばってきます 」
「 う うん 」
朝の慌ただしい玄関先には ほわ〜〜〜〜ん とピンクの空気が巻き上がってきた。
「 うぉっほん そろそろいいかな? バスが来るぞ 」
博士が遠慮がち、というか呆れ顔で声をかけた。
「 ・・・ あ は〜い。 じゃ いってきます♪ 」
「 がんばれ 」
ひらひら ・・・ ぴらぴら 見つめあって手を振りあって。
「 えい もう行くぞ! 幼稚園はお終いだ。 ジョー 留守を頼んだぞ!
ともかく駅まで責任をもって送ってくるからな。 フランソワーズ 走れ! 」
バタン。 玄関のドアを閉めると 博士はフランソワーズの手を掴んで走りだした。
「 あ 博士 ・・・ 大丈夫ですか? 」
「 ! シツレイなことを言うな。 15分のバスに乗るぞ〜〜 」
「 は はい ! 」
親子のように見えなくもない二人は 邸の前の急坂を駆け下りていった。
「 が〜〜んば〜〜れ よぉ〜〜〜〜〜 」
ジョーは にこにこ・・・ そんな二人を門の前まで出て見送った。
― 結果 彼女はその日のオーディションには合格できなかった。
しかし レッスン生としてそのバレエ団に通うこととなり ・・・
( この辺の経緯は 拙作 『 プレパラシオン! 』 でどうぞ♪ )
「 はい お疲れね〜〜 」
当バレエ団主宰者の初老の女性、通称マダムの朝のレッスンが終わった。
ダンサーたちは優雅なレヴェランスと共に拍手で応える。
「 ふう ・・・・ 」
「 は〜〜 終わった おわったぁ〜〜 」
ぽ〜ん とタオルを投げたり ペット・ボトルを傾けたり・・・
皆てんでに次の行動に移りはじめる。
「 わ・・・ 急がなくちゃ〜〜 」
「 あ リハ? 」
「 うん 協会のさ〜〜 」
「 う〜〜〜 教え ゆかなくちゃあ 」
「 やべ バイト〜〜〜 」
稽古場からはたちまち人影が消える。
最後に隅っこにいた金髪が ゆっくりと立ち上がった。
その途端 ―
「 ・・・ いっつ ・・・ 」
彼女は顔を歪め また座りこんでしまった。
「 いった〜〜い ・・・ ああ 指 剥けちゃったみたい ・・・ 」
リボンを解き そ〜〜っとポアントを脱いだ。
「 ・・・? あれ? 血 は出てない? けど 痛あ〜〜い〜〜 」
タイツの先の穴から 爪先を出してみた が。
( いらぬ注 : ダンサー用のピンタイ ( ピンクタイツのこと ) には
足の裏に穴があいているコンバーチブル・タイプ というのがありまして、
タイツを履 いたまま 足指を出して絆創膏を貼ったりできるのです )
「 ん? ・・・どこも剥けてない〜〜?? でも痛い〜〜〜
あ 帰らなくちゃ ・ う〜〜〜 ・・・ いった ・・・! 」
ポアントを脱ぎタイツのまま フランソワーズは足を引きずりつつ更衣室に向かった。
ああ ・・・ どうしよう?
わたし 明日からこのクラスについてゆける かしら・・・
今日の朝。 久々に、本当に久々に参加したレッスン ―
不安はあったけれどわくわく期待度の方が勝っていた。
それに ・・・
そう よ! バレエのレッスンはどこだって同じ はず。
だって バレエの用語は世界共通なんですもの
ウチに作ってもらったレッスン室で自習もちゃんとしてきたわ。
ついてゆくわ。 わたし ― 頑張る!
ずっとそう思っていた。 そして パリジェンヌとしての自負もあった。
稽古場に入ってこそ・・・っと周りを見回したが
・・・ あら O脚のヒト けっこういるのね?
ふ〜〜ん?? 腰の位置 低くない?
あらァ ちょっと太ってる? あの人・・・
極東の島国の若者たちは パリジェンヌの目にはちょっとね? な体型にみえたのだ。
― 大丈夫。 きっとついてゆける わ。
フランソワーズは 嬉しいドキドキを秘めて黙々とストレッチをしていた。
カツ カツ カツ ― バン ・・・
「 おはよう〜 さあ 始めましょう 」
豪快にドアがあいて 初老の女性が入ってきた。
通称 マダム このバレエ団の主宰者であり、芸術監督、そしてプロフェッショナル・
クラスのレッスンを受け持っている。
「 おはよう よろしくね〜 」
ピアニストさんに挨拶をすると 彼女は中央の移動バーの前に立った。
「 はい じゃ 二番から。 あ・・・ フランソワーズ、フランス語がいい? 」
マダムの、いや 稽古場中の視線がフランソワーズに集まった。
「 え ・・・ あの いえ・・・ 日本語で 大丈夫で す ・・・ 」
「 そう? それじゃ お願いします。 」
簡単に順番を指示すると 〜〜〜〜〜♪♪ ピアノが前奏を始めた。
・・・ ああ 夢 みたい。 夢じゃないのね!
わたし レッスンできるんだわ!
フランソワーズは 滲んできた涙をそっと払いバーを握った。
バー・レッスンは ・・・ どんどん速度が上がっていった。
うそ ・・・ え〜〜〜 は やい ・・・!
途中まではなんとかついてゆけた と思う。
そして ― アダージオ。
? !! うそ〜〜〜 なに?? 脚 どうなってるの??
え え??? ここで フェッテいれるの??
四小節ごとに身体の向きが替る。 もうついてゆくので精一杯 脚の高さや
角度など 気をまわす余裕はなかった。
順番をアタマに叩きこむのが精一杯なのだ。
ここのアダージオって ― アクロバットじゃないの??
必死な中、ちら・・・っと周囲を見れば。
・・・!? なんで???
O脚なはずの 腰の位置が低いはずの ちょっと太めなはずの
黒髪の女性も男性も 信じられないほど脚捌きが巧みだった。
誰一人として脚をとめることもなく 優雅にそして的確に脚を使い
当然のようにピアノの音に乗って 踊っているのだ。
カツン。 あ ・・・
脚を落としてしまったのは フランソワーズただ一人。
誰も視線を向けることもなく、マダムもまったく気にとめていない。
― 範疇にも入っていない ということなのだ。
あ ・・・ も もうダメ かも ・・・
目がくらくらしてきた時 ― やっとバーが終わった。
「 はい〜〜 ストレッチね〜 自由にどうぞ 」
バーでストレッチする者、 床で脚をほぐすモノ、水を含んだりトイレに行ったり
皆 淡々と自分のペースを守っている。
・・・ な なんで???
わたしの身体 どうかしちゃった??
なんで 脚 あがらないの?? どうして キープできないの??
久し振りなんだもの、そうよ ― ブランク明けなんですもの
タオルに顔を埋めつつ フランソワーズは懸命に自分自身に < 言い訳 >
していた。
センター・ワークに移り ダンサーたちは小人数のグループに別れるが
ほぼ実力順になる。
フランソワ―ズのような新人やら ヤングは最後のグループとなるのだ。
「 ・・・ ふ ぅ ・・・・ 」
「 大丈夫? 水 飲んだほうがいいよ 」
ため息をついているフランソワーズに 小柄な女性がこそ・・・っと声をかけてくれた。
バーで隣になった同年輩の女性だ。
「 あ・・・ はい。 水 いいんですか 」
「 水はね〜 いつでもおっけーだよ。 マダムはムカシのヒトだから
あんましいい顔、しないけどね 」
「 そ そうなの ・・・ 」
「 ウン 」
もってきたエビアンのペット・ボトルから そっと水を口に含んだ。
ふう ・・・ ちょっとひと息 か・・
センターでのアダージオは さらにアクロバティックだった ―!
「 ほら 皆〜〜 音! 音 よく聞いて!
なんのためにピアニストさんに弾いてもらっているの?? 音はずして足あげても
意味なし! 」
マダムの注意はぴしぴし飛んでくるが ・・・ < 新人 > の金髪嬢などは
まったく眼中にはない のかもしれない。
と とにかく! 最後まで頑張らなくちゃ!
< 新人 >嬢は く・・っと唇を引き結び タオルの端で汗と涙を拭っていた。
しか〜し。 根性だけでは 踊れないのだ、とてもじゃないけど。
小さなワルツ は もう 回って回って回り捲り〜〜のピルエット漬けだった。
「 ・・・ え うそ! トリプル?? 」
マダムは回転の回数は指定しないのだが ほとんどのダンサーが楽々と
ダブルを回る。
中には 足首がはずれちゃうのじゃないか と思うほどくるくると回るコもいた。
・・・ なんで?? これが トウキョウのレベルなの??
ピルエットは得意だ、と思っていたが そんな思いはすぐにすっとんでしまった。
フランソワーズは き・・・っと前を見据えた。
― 回るっきゃない のね!
ラスト・グループの後列で ともかくついてゆくことに専念した。
振りを間違えなにようにするので精一杯、転ばないようにするのに精一杯。
でも 一人、回転のスピードは遅れるのだ。
そもそも 速さ がちう。
ピアノ、速すぎるんじゃない??
ピアニストさん ちゃんとカウントしてる??
ちらちら〜〜 ピアノの方に視線を送ってみたが ― そんなことをしているのは
フランソワ―ズだけだった。
今はそんな事、言ってる場合じゃないんだ。 彼女はともかく なんとか
着いてゆくことに集中した のだが。
う〜〜〜〜 ああ ・・・ 軸が ・・・
チカラまかせに回ってみたが ふっ飛んでしまい辛うじて転ぶことだけは免れた。
・・・ あ ・・・ もう〜〜 なにやってんの、わたし!
汗を拭くフリをしてタオルの中に悔し涙を落とした。
さらに アレグロ は 完全においてきぼりだった。
「 〜〜〜 でね〜〜 バッチュいれて〜〜 ・・・ 」
ささっとマダムは順番を説明し 周囲は うんうん〜 と当たり前の顔で頷くのだが。
?? え? え?? もう一度やって〜〜〜
もう一度 順番〜〜〜〜
「 はい それじゃファ―スト・グループから 」
新人嬢の願いも空しく? ピアノは響き始めた。
あ〜〜 ・・ わからない できない できない 〜〜
うそ〜〜〜 なんで 女子なのにアントルシャ・シス なんてできるの?
目の前で黒髪の女子達は 信じられらないほど正確にそして素早い脚捌きと
高いジャンプをするのだ。 それなのに上体はグラリともしない。
順番を追ってウロウロしているのは フランソワーズだけなのだ。
! 仕方無いわ ・・・ レベルダウンしよ・・・
アトルシャ・シス は カトル に ( 六回打つ を 四回に )
速いダブル・ピルエットはシングルに バッチュ ( 打つ ) は抜かした。
それでも。 音に乗ってゆけないのだ。
「 勝手に減らさない。 出来なくても努力しなさい。 止めてしまったら
そこまでよ? 」
マダムの見透かしたような注意に 彼女は皆の後ろの隅っこでそっと首を竦めるのみだ。
グラン・ワルツ は ―
「 え〜とねえ ・・・ 前の 7〜8 で アンディオール ( ピルエット ) して 〜〜〜 」
え うっそ?? カウント外でピルエットするの??
前奏でダブル・ピルエットで勢いをつけて 大きなジャンプの連続の振りを踊ってゆく。
あ〜〜〜〜 ・・ 間に合わない〜〜〜 と 跳べない〜〜〜
新人サンは 最後のグループでなんとか最後まで脱落だけは免れた。
・・・ ダメだわ わたし もっと跳べたはずなのに・・・
この脚! わたしの脚じゃない ・・・
「 ラストね〜〜 女子、グラン・フェッテ。 男子 セゴン・ターン
はい 6人づつ どうぞ 」
ジュニアの時代から32回のグラン・フェッテは得意だった。
落っこちたことは滅多になかったし 多少の自信は ある。
これだけは ・・・ え???
うっそ ・・・ 皆 ダブル してるぅ
ファースト・グループの
女性たちは全員がダブルでグラン・フェッテを回りはじめ
涼しい顔で回り終える。
「 はい 次は? そう 六人づつよ〜〜 」
次のグループも その次も ・・・ 全部ではないけれど半分以上の回転を
ダブルでキレイにまとめている。
・・・ し シングルでいいわ、ちゃんとキレイに ・・・
「 ラスト・グループよ フランソワーズ?? やるの やらないの 」
「 あ は はい っ 」
絶対に ・・・ 32回、回りきるっ !
鏡の中の自分がひどい顔をしているのはわかっていたが 微笑んでいる余裕はない。
5 6 7 8 〜〜 前奏でダブルピルエットして勢いをつけ ―
32回のグラン・フェッテが始まった。
・・・ 8回、 始めに戻ったつもりで ・・・
あ ? あ??? じ 軸が 〜〜〜
とととと ・・・ ととと ・・・ フランソワーズは位置がズレ始めた。
「 こ〜ら 他のヒトの邪魔しない〜〜 」
わかってるわ でも〜〜〜 あ〜〜〜ん ・・・
16回で カカトがどすん、と落ちてしまった。
「 ・・・ ・・・・ 」
すごすご・・・後ろに下がり ― 最後のレヴェランスは顔を上げることができなかった。
― ついてゆけないわ わたし ・・・
足を引きずりつつなんとか更衣室に戻ったのだった。
今まで一緒のクラスを受けていた仲間たちは もうほとんど残っていなかった。
「 ・・・ ふぅ ・・・ 」
そっとため息をつき フランソワーズは更衣室の隅に座り込んでしまった。
「 あ・・・ 大丈夫? 気分 わるい? 」
レッスン中に話かけてくれた小柄な女性が 気を使ってくれた。
「 ・・・い いえ ・・ 大丈夫 です ・・・ 」
「 そ? あ〜 足、剥けちゃった? バンドエイドあるよ? 」
「 あ ありがとうございます ・・・ 」
「 あの さ。 トウ・パッド ・・・忘れた?
」
「 え? 」
「 ポアントにさ〜 ストッキング詰めてたから ・・・
マダムの朝クラスは ばっちりガードしとかないとさ、足 剥けるよ 」
「 今までずっとストッキング詰めてきたんですけど ・・・
トウキョウのお店で 売ってるんですか 」
「 え〜〜〜 フランスのダンサーさんってトウ・パッド使わないの?
あ〜 うん いろいろ種類あるから 試してみるといいよ。 」
「 あ はい あのぅ〜〜 この近くでバレエ用品のお店 あります? 」
「 渋谷のC とか 新宿にはMとかSとかあるけど・・・
あ ポアント、どこの履いてる? 」
「 レペットです 」
「 あ〜 それなら大塚にRのお店あるな〜 でも急ぐなら渋谷のCが一番近いよ〜
あ 場所 わかる? 」
「 あ ・・・ Cならわかります、ありがとうございます。 」
「 ね? ふつ〜に話そうよ? アタシ、みちよ。 多分 同じくらいの歳だな〜 」
「 あ は はい ・・・ みちよサン 」
「 みちよ でいいって。 」
「 ヨロシク ・・・ みちよ。 フランソワーズって呼んでね 」
「 ウン! ね〜〜 わかんないコト あったらなんでも聞いて?
アタシだってここでは新米だけどね〜 ね こんどお茶しよ? 」
「 あ はい 是非 」
「 ごめん、今日はさ アタシ、バイトで急ぐんだ〜 明日か明後日いい?
ね〜〜 お茶しようね〜〜 」
「 よろこんで みちよサン 」
「 み ち よ だよ? 」
「 あ はい みちよ 」
「 ウン じゃね〜〜 バイバイ〜〜 フランソワーズ〜〜 きゃ〜急がなくちゃ! 」
みちよはひらひら手を振って 駆けだしていった。
うふ ・・・ 更衣室のおしゃべりはどこも同じ ね
あの頃も こんな風におしゃべりしてたっけ・・・
足はまだ痛んだけれど 気持ちはちょっと軽くなった。
なにより みちよ のおしゃべりがちゃんと聞きとれたことが嬉しかった。
クラスでのマダムの言うことはほぼ聞きとれた。
勿論 バレエの言葉は世界共通だし、彼女の話し方ははっきりとしていてわかり易かった。
だけど 朝の更衣室で、また 街中や電車の中での同じ年頃の女の子たちの
笑いさざめくみたいな軽い会話は半分も理解できない。 単語がわからないのだ。
こそ・・・っと自動翻訳機のスイッチを入れてみても
― ズズズ ・・・ 雑音ばかりでまったく機能しないのだ。
「 もう〜〜〜 BG製ってなんてポンコツなの!! 」
一人で八つ当たりしてみたけれどどうしようもなく、彼女はぷつり、とスイッチを切った。
「 ジョーやコズミ先生の日本語は 全部わかるわ。
ジョーとおしゃべりって フランス語と一緒って思ってるもの。
そうよ〜〜 近所の商店街に買い物に行く時も 平気よ?
八百屋のオジサンやら 魚屋のお兄さんの説明だってちゃとわかるわ。 」
日本語は得意、しっかりマスターした、と思っていた。
でも。
ああ ジョー・・・ ゆっくり喋ってくれてのね ・・・
コズミ先生も 商店街のオジサンたちも・・・
「 ・・・ わたし ・・・ やっぱり < 外国人 > なんだ ・・・ 」
のろのろ着替え荷物を詰めてやっと更衣室を出た。
「 ・・・ 明日っから ・・・ どうしよう ・・・
クラス、付いてゆけないかも ・・・ 研究生、クビかも ・・・ 」
足をかばって玄関に向かった。
バタン ・・・ 事務所のドアが開いた。
「 あ〜〜 フランソワーズ? お疲れさま〜〜 ねえ? 」
主宰者のマダムがひょい、と顔を覗かせる。
「 あ・・・ ありがとうございました ・・・ 」
「 ふふふ 初日はどうだった? 」
「 あ あの・・・ わたし とても着いてゆけない かも 」
消えいるみたいな小声で応えたけれど マダムは に・・・っと笑った。
「 ま〜 やってみることよ。
ね〜 貴女 もうちょっと自分の身体と 仲良し しなさいね〜 」
「 は ・・・い? 」
「 じゃ〜ね 今日はお風呂はいって早く寝ちゃいなさいね〜〜 」
わはは・・・と軽く笑って マダムは引っ込んでしまった。
「 あ はい ・・・ 」
ぺこん。 フランソワーズは閉まったドアにお辞儀をした。
そっか
この身体に 慣れるっきゃないんだ ・・・
ふううう〜〜〜〜 ・・・
特大のため息を残し金髪のパリジェンヌは 家路を辿っていった。
「 ただいま戻りましたぁ ・・・ 」
ドン。 バタン バタン ― 玄関のドアが開き重い足音が聞こえた。
「 お帰り。 どうじゃったかな? 」
リビングのソファで 博士がノート・パソコンを開いていた。
「 ただいま帰りました。 あ ジョーは? 」
「 うん? ああ 買い物に行ったよ。 晩飯の材料を調達してくる・・・と
えらく張り切っていたぞ 」
「 え・・・ ジョーが?? 」
「 おう、なにやら今晩はアイツが作ってくれるらしい。
あ〜 ちょいと心配なんじゃが その ・・・ 食える ・・・ かの? 」
「 カレー と ラーメン なら 食べられますわ。 」
「 そうか それならまあ・・・安心じゃが。 うん? どうしたね? 」
「 え ・・・ 」
博士は 彼女が足を引きずっているのを見逃さなかった。
「 足 かい? 傷めたのか。 」
「 え ええ ・・・ ちょっと痛くて。 そのぅ〜〜 レッスンで 」
「 レッスンで? 」
博士は眉を顰めると すぐに彼女をソファに座らせた。
「 どれ ・・・ どこが痛むのかね 」
「 指です 足の 」
「 足の指??? 」
「 はい。 あのポアントに当たって ・・・ 」
「 ポアント? ・・・ ああ トウ・シューズのことじゃな?
足を診せておくれ。 損傷したのかい 」
「 いいえ 表面はなんとも・・・ でも 痛くて 」
「 ふむ? 」
彼女を素足にさせると 博士は白いすんなりした足に触れた。
「 いった ・・・! 」
「 ふ・・・む 強い圧力がかかったようじゃな 」
「 あのぅ ・・・ 昔は指の皮が剥けたり固くなったりしてました。 」
「 ふうん 足の指が なあ。 ・・・ 完全にワシの想定外じゃ。 」
「 普通は トウ・パッド を入れるらしいです、今は。
わたしはストッキングやコットンを詰めていましたけど・・・その 昔は 」
「 トウ・パッド か。 ふむ・・・ 」
ちょっとその靴を貸してくれ、と言い、博士はフランソワーズのポアントを抱え
そそくさ〜と研究室に籠った。
「 ただいま〜〜〜 あ フラン 帰ってるの? 」
玄関からばたばた・・・ ジョーが戻ってきた。
「 あ お帰りなさい ジョー。 お買い物 ありがとう〜 」
「 えへへ・・・ やっぱり二人で行くほうが楽しいよぉ
あ〜〜 レッスン、どうだった?? 」
ジョーは両手に下げているパンパンのレジ袋を 軽々と運ぶ。
「 え うん ・・・ ちょっと苦戦。 」
「 ふうん ・・・ 久し振りなんだもの、仕方ないよ。
焦ることないよ。 」
「 そ そう ・・・? 」
「 ウン。 さ〜〜 晩飯 作るぞ〜〜 」
「 ジョー ・・・・? 」
「 あ 疑いの目でみてるな? ぼくだって晩御飯くらい作れるさ〜〜
っていってもカレーだけなんだけど・・・・でも! 応援してるから! 」
「 え? 」
「 ウチのこととか・・・心配しないで レッスン、頑張れよ〜 」
「 ジョー ・・・ 」
「 きみがさ 楽しそうにしてるの、とっても好きなんだ。
ぼくまで楽しくなってくるよ。 なんていうか ・・・ 幸せ気分♪ 」
「 え ・・・ シアワセ? 」
「 うん。 よ〜〜し まずはジャガイモ 剥いてっと 」
ふんふん〜〜♪ 彼はハナウタ混じりにキッチンに立っている。
「 あ わたしも手伝うわ。 」
「 え 疲れてない? ・・・ 足、どうかした? 」
「 大丈夫。 足もね、スリッパなら平気よ 」
「 そう? 」
「 ええ。 ― ねえ ジョーは。 ジョーは今の自分が 好き? 」
「 え・・・ ぼく??
あ〜〜 好き・・・っていうか 気に入ってるかな 」
「 そ そうなの? 」
「 何かあったとしても きみを護れるしさ、 そんなぼく自身が気に入ってる。
フランソワーズ、 きみは? 」
「 え わたし ・・・? 」
バタンっ ドアが勢いよく開いた。
「 フランソワーズ! これ! これを使ってみなさい。 」
博士がばたばたとキッチンに入ってきた。
「 ?? 」
「 トウ・パッドじゃ。 これを使えば少しはクッションになる。
とりあえず 明日はこれを使ってみておくれ。
すぐにもっと良いモノを開発するからな。 」
「 博士 ・・・ 」
「 ・・・ すまんなあ・・・ お前さえよければ脚や股関節を その・・・
再改造するかい?
」
博士は目をしょぼしょぼさせつつ訊ねた。
「 ・・・再改造 ですか 」
「 そうじゃ。 ダンサーに向いた脚、股関節に 」
「 あ ・・・ いえ。 いいです、今のままで 」
「 しかし ・・・ そのぅ・・・ 」
「 いいです。 わたし 今のわたし が好きなんです。 」
「 フランソワーズ ・・・ 」
「 フラン ぼくも ぼくもさ、今のきみが大好きなんだ〜〜 」
「 こ こらこら ジョー。 どさくさに紛れな〜にを言っておるか 」
「 あ・・・ バレちゃったかな ・・・
でも! ― 踊ってるきみ、 大好きだよ 〜〜 」
「 ワシもな お前に存分に踊って欲しいのじゃよ 」
うんうん・・・と ジョーもにこにこしている。
「 あ りがと う ございます ・・・ わたし 踊ってゆきます ! 」
優雅に泳ぐ時も水中では必死に脚を動かしている。
翼を大きく広げ 全身全霊で白鳥は 飛ぶ。
わたし も。 わたしも今 ― また飛び立つの。
白鳥は 再び翼を広げ ― 舞い上がろうとしている。
************************* Fin.
***********************
Last updated : 01,24,2017.
index
********** ひと言 ********
博士〜〜〜 ワタシにも 特製トウ・パッド、作って
ください〜〜〜〜 (>_<)